人が人にしてあげられること
それは小さなこと
大きく見えても
それは小さなこと
人が人にしてあげられること
それは小さなこと
大きく見えても
それは小さなこと
昨年の8月から12月まで
インターネット上に
美術館を作ることに時間を割いた。
亡くなった妻の父親の描いた絵画を
のせたホームページを作った
もっとも実際の制作は亡妻の次兄が
ほとんど独力でおこなった
題して
柿本胤二美術館
1944年から45年にかけて
太平洋の島、メレヨンで兵隊をしていたときの
思い出を描いた絵を収めてあるもの
ご覧いただきたいと思う
今年の年賀状にはこんなことを
書いた
去年、印象に残った言葉
A?医師 「これからの望みは?」
Bさん「望みはとくにないですね。
でも人の心の中に生き続ける存在でいたいですね」
Bさんはある難病をわずらっている人です。
葉っぱが落ちた木に
鳥が飛んできては止まる
見慣れた光景で
当たり前過ぎて、何も思わないのだが
今日と言う日
ああ、そうなんだ
鳥は体一つで生きていくんだと
しみじみ思った
衣服、持ち物、何もなく
餌から餌への旅暮らし
せめて巣でもあるのだろうか
羽が痛めば修復は不可能になり
飛べなくなれば一巻の終わり
こういう題の小説があって
ワカサギ釣りの話だ
しだいに寒さに慣れていき
寒い日々のなかには
小春日和の日が続いて
冬も悪くないな
こう思う日がある
遠ざかる人影がだんだん小さくなっていくように
餅の大きさが年々小さくなる
何でかな
消費税が上がって以来
お菓子の大きさが小さくなった気がする
阿闍梨餅だって
小さくなった
餅が小さくなるのも無理はない
一人で迎える元旦なので
おせち料理も
雑煮も廃止する
と決めていたら
思いがけず
差し入れをいただいた
くわいまであった
いつの正月だったか
妹がいて
「私、くわい、好き」
と言う
あれあれ、僕も好きだし、
やっぱり似ているんだと
妙に感心したことを思い出した
こんなにおいしい食べ物なのに
だんだんすたれていくのはさみしい
去り行く年が愛おしく
12月のカレンダーをピリッと
破るのが切なくて
午後10時を回るころ
びりっと破った
除夜の鐘は聞こえるのだろうか
今年は打たないかもしれないと
寝床で考えるともなく考えた
やがて眠りに落ちるころ
聞こえてきた
聞こえてきた
鐘の音が
寒くなってきた
もっともっと
寒くなるだろう
すきま風の入る日には
イチゴを想うことにしよう。
実の赤色
実の甘さ
美しすぎる言い回しに
かえって反発してしまっていた
何に念ずるのか
何を念ずるのか
読者まかせなんだろうかと
今日という日に
偶然友達としゃべっていると
友達の考えをきいた
それはね
恩寵ということなんじゃないかな
自分ひとりの力は小さいもの
補ってくれるものが要る
恩寵って言うんだ
授けてくれるもの
恩寵がいつもどこかにあることを
知ること
いつもは酔っぱらってダジャレを
飛ばしている人にしては
いいことを言うな
年の暮れだからさえていたのかもしれない