心配なしで生きるすべを
身に着けないといけない
想像していた未来が
現実になり
そして過ぎ去った思い出になる
人はつごう3つの次元を生きる
心配なしで生きることができると
信じないといけない
心配なしで生きるすべを
身に着けないといけない
想像していた未来が
現実になり
そして過ぎ去った思い出になる
人はつごう3つの次元を生きる
心配なしで生きることができると
信じないといけない
思い出を作るために
人は生きる
忘れられない思い出があり
忘れてしまいたい思い出があり
忘れ去った思い出もある
三つともたいせつに
記憶するために
記念日が定められ
記念日ゆえに
忘れ去られていく
人の心はそんなもの
実際、一年に一回だけ
思い出せばいいのなら
残りの日は忘れて暮らせば
いいわけだ
記念日とは忘却装置に
ほかならない
一日たりとも忘れないことを
人は記念日にしたりはしない
ほら君の胸にもあるだろう
忘れられない思い出が
午後に知人が来た。
その人は京都に明治前から住んでいるという人なのだが、
ひな人形の起源の話、
昨今のゆるキャラブームを嘆く話を
ひとくさり
コーヒーをのみ、ケーキを食べて、
立ち去った。
一陣の風のような客であった。
江戸期には船の守り神とされて船倉にひな人形が置かれた。
海難事故から守る、お守りとして。
その後に、女児の健康を願い、厄病から守るために、
飾られるようになったのだそうだ。
話は転じて、この20年、全国各地でゆるキャラがブームになった。
それまでは恐ろしい表情で作られていた人形がおしなべて、
にこやかな表情に変えられていった。
そう言われれば、いつか沖縄で見た、シーサー(獅子)の
顔が前はこわい顔をしていたのが笑顔に変っていた
知人は、ゆるキャラをひとくさり嘆いて見せた。
各地を旅して、こわい顔の人形を
買い集めるのが楽しみだという。
クリニックの近くに、清涼寺という寺がある。
嵐山・嵯峨地域で、ただひとつ、ここにだけ仁王像がある。
山門にはこわい顔の仁王像が左右に二体置かれている。
いつかこの仁王像もゆるキャラに置き換えられる日が
来るのだろうか?
~レオナール・フジタに捧ぐ~
昼下がりのカフェにて
お嬢さんがふたりテーブルに着いた
メニューを渡され
真剣な顔つきで見ている
Aランチ
それとも
Bランチ
決めるまでの、真剣で、楽しい時間
どちらでも同じなのだが、
それは老人の考えというものだ
ふたりはそれぞれプロポーズされている
それもふたりから
A君
それとも
B君
決めるまでの真剣で、楽しい時間
どちらでも同じなのだが、
それは老人の考えというものだ
太陽は空の真上に輝いて
ふたりに永遠の時間を与えている
娘が父にたずねる
「家ってなあに」
父は答える
「水平と垂直とで作られた箱のことだよ」
こんな話が4歳の子どもに通じるはずは
ないのだが
「わからないけど、
わたしがいちばんすきなのは
トイレなのよ」
そう言って
女の子は絵本と人形をかかえて
姿が消えた
それは人のためではない
なぜなら人は明るい光を好むから
人は雨なしで生きていける
植物は雨なしでは生きていけない
なぜなら動けないから
雨がふる日を植物は恋いこがれているのだ
雨の日の植物のよろこび
ごちそうにありついた哺乳類も
及ばない歓喜のとき
古老柿
ころがきという珍しい柿
干柿にしたもの
宇治市の名産のひとつだ
思い出にひたることは
創造的なことだ
それは今、ここでおこなわれるからだ
恐れないで
思い出に向かって走れ
ありありと現前させてみよう
夜間の夢よりもずっといいものだ
3月が一年の始まりなら
春から一年が始まり冬で終わる
四季の並びかたにぴったりだ
あいにくの雨で
春の始めの土曜日なのに
散歩すらできなかった
だから
こんな散歩道を考えてみた
川にそって歩く
上流から下流へ向かって
神戸の川の一つ一つを
六甲山から大阪湾へ
武庫川(むこがわ)
夙川(しゅくがわ)
芦屋川(あしやがわ)
一休みして
住吉川(すみよしがわ)
生田川(いくたがわ)
三宮まで来たら、JRのガード下に
たたずんでみたい
その上を走る列車に千回万回と乗り
乗った自分は変わったけれど
ここだけは半世紀前と変わらない
まったく忘れられた空間だ
もうすぐ散っていくけれど
椿が一輪、咲き続けている
どうして2月が一番短いのだろう?
ある人は言う。
むかしむかし、一年は今の3月から始まり
今の2月で終わった。
30日と31日が混じって、1月まで来ると
残りは28日しかなかった。4年に一度だけ
29日が残ることになった。
また別の人は言う。
むかしむかし1年は10か月だった。そこへ
7月と8月が割り込んだ。そのため12か月に
ふえてしまった。
誰かは言う。
2月が短いぶん、早く3月が来るからいいじゃないか
ミモザが風に花をゆらしていた午後、
下校の小学生が帽子を押さえて家路を
急いでいた。