転居通知(平成26年7月16日)

近くにお寄りの節は

お立ち寄りください

こう結ばれている

ひな形とおりの転居通知

夜逃げでもなく

零落でもないことが

こうしてそっと伝えられる

人には言えぬわけがあって

転居する人も多かろうに

 

 

三行半(平成26年7月16日)

三行半はいけないものと

相場は決まっている

説明不足

ぶっきらぼう

江戸の離縁状に対して

非難ごうごうである

かといって

いたらぬ点を

事こまかに記されては

再婚にひびくというもの

そこはさりげなく三行半

何と何と

粋なはからいではないか

江戸の知恵にほかならぬ

天邪鬼な一日(平成26年7月13日)

天気予報は雨なのよ

君は言うので

傘を持たずに外出した

財布を忘れ

ビニール傘を買うこともできず

雷雨にうたれてぬれねずみ

 

きみが海が好きだというので

ぼくは山が好きだと

言ってしまった

 

ほんとうはね

ぼくも海が好き

そして

きみが好き

人はみな(平成26年7月13日)

みんなちがって

みんないい

金子みすずは歌うのだ

(ひまわり畑を見てごらん

みんなちがった方向を向いている)

それならば

ちがった歌を私はうたう

人みな同じ

愛する人と出会ったとき

心に羽がはえて飛んでいかんばかりに

人は喜び有頂天

愛する人との別れの日に

人は悲しみ肩を落とす

だから

人はみんな同じ

 

母ネコ 子ネコ(平成26年7月8日)

春に生まれた

子ネコは夏が来て成長した

母ネコから離れてひとりで

生きていく日が近づいた

お母さん

わたしはとても不安なの

お母さんから離れた後

わたしはどうやって生きていけばいいの

子ネコは真剣なまなざしで母ネコを見つめる

 

それはね アリエッティ

(子ネコの名前はアリエッティという)

いつも愛に満ちていることよ

そうすればあなたを愛する人が現れる

なにをしてもうまくいく

つぎつぎと幸運がおとずれて

明るい光のほうへ

みちびいていってくれる

どんなことがいつ起きるかは

そのときが来るまではわからない

つらいことが幸運だったりもする

あなたがすることはただ

いつも愛に満ちていることだけ

 

お母さんの言うとおりにしてみる

けれど

愛に満ちている、ってどういうことなの

今のあなたにはわからなくて無理もない

いつかわかるときがくる

私もずいぶん長いあいだわからなかった

あるとき

私はわかったの

だからあなたもきっとわかるから

不安にならなくていいのよ

 

つぎの日 朝早く

くっついて寝ていた母ネコから

離れて子ネコはひとり歩き始めた

石畳の冷たさや

湿った地面の暖かさを

足の裏で感じながら

 

 

 

遅れてきた青年(平成26年7月3日)

郊外でのあいびきの次の日

バザールの賑わいが聞えてくる

街中のカフェで待ち合わせることに

ふたりは決めた

娘は青年に心をゆるした合図を

送っていたのだが

鈍感な青年は合図に気がついていなかった

青年は待つのだが

娘はいっこうに現れなかった

カフェの外に目をやると

馬車ではなく自動車が走っている

人々の服装もジーンズやTシャツに

変わっている

青年は千年遅れてやってきたのだった

昨夜寝たはずだったが

千年の眠りを眠っていたのだった

遅れてきた青年は

そのことにやっと気づく

鈍感な青年なのであった

あとかた(平成26年6月24日)

歴史に出てくるものは

そっくりそのまま今も残っている

と思いこんでいた

イスタンブールと聞けば

ペルシアの古都が現存していると

信じこんでいた

古都は跡形もなく消えて

ただ今の街がどこまでも

広がると聞いたとき

落胆は大きかった

思いめぐらすなら

食卓だって昨日までの

あれやこれやの食べ物は

どこにもない

こうして

万物が消えていく

あとかたも残さずに

悲しいときは(平成26年6月22日)

ある高校文芸部の文集に

のっていた詩を思い出していた

日曜日

何かに従事するともなくさまよっていたら

ひとつの詩にたどりついた

悲しいときには鉛筆をけずろう

こんなフレーズだった

作者は実際にそうしていたのかもしれない

まねてみたら

鉛筆削り器を使うので

鉛筆が何本あっても足りなかった

そして今も鉛筆削り器を使うのだが

悲しいときには落ち葉拾いをしよう

一枚拾うたびに、羽一枚ほど

心が軽くなっていく

落ち葉は無数にあるので

悲しみ対策には十分である

樫の木は知るまい

葉っぱがこんな役にたっているとは

 

 

同行二人(平成26年6月18日)

同行二人なので安心せよと

さとされるのだが

我執と二人組を

組んだが最後

心は

穏やかではいられない

起きてから寝るまで

わたし

わたし

とささやき続ける

この我執を風がどこかへ連れ去ってくれたなら

青空に浮かぶ

白い雲ひとつさえ

美しい

わたしのものではないけれど

 

念ぜずともはなひらく(平成26年6月18日)

念ずればはなひらく

真民翁はかく歌う

真理である

真理はいつも二つ

もう一つ真理がある

念ぜずともはなひらく

季節は水無月

アジサイが咲き誇り

フヨウは小さなつぼみを

つけた

ムクゲもサルスベリも

小さなつぼみをつけている

真夏を彩る花々は早

準備を始めている

念ぜずともはなひらく

この不思議さ

念ぜずともめぐってくる季節

この不思議さに

身をゆだねる