もっと遠くへ(平成28年3月6日)

人は決まって遠くへ行きすぎる

人は決まって遠くへ行きたがる

困ったものだが

それは人の習性

それは社会の習性

遠くへ行きすぎると どうなるか

決まって難民となる

なにゆえに自分はここにいるのかを

知らずして

りっぱな暮らしをしてはいても

心は難民である

まして零落していれば

身も心も難民である

難民にならないように

遠くへ行きすぎるなかれ

降参(平成28年3月4日)

相手の興味あることに

関心を持ち

異質のものを

受け入れる

それは降参だ

それは屈服だ

降参する者

屈服する者だけが

生き延びる

それを愛と呼んでもかまわない

我を張る者は

勝利しながら

得るものはなにもない

言葉は変わる(平成28年3月2日)

言葉は生き物

不思議にも下落していく

時は過ぎ

人は変わり

言葉は遷り変わり

万物は流転する

貴様は罵り語になり

御前が蔑称になり

大将は揶揄語となり果てた

 

一所懸命が

一生懸命になり

息抜きの暇とてない

暗黒の雲が空をおおう

人はもはや青空を知らない

 

発達障害や人格障害 

あまたある精神障害が

あろうとなかろうと

ただひとつのものに

貫きとおされた日々の営み

一所懸命だけが

あらまほしい人の姿

 

 

 

 

思えば遠くへ来たものだ(平成28年2月27日)

山のいただきで

思えば遠くに来たもんだ

鼻唄をムーミンが歌っていると

うっかり遠くへ来すぎたもんだ

とこだまが聞えた

時は夕暮にはまだ遠いのだが

帰らなくては

還らなくては

ムーミンの心にささやくものがあった

 

夕暮までに帰り着くだろうか

ムーミンの胸は不安ではりさけそうになった

谷間の家の台所から

流れてくる夕餉のにおい

食卓のしたくをしているお母さん

家の壁のペンキ塗りしているお父さん

早く会いたくて

ムーミンは靴が脱げたのも忘れて

足を早めた

 

足取り重く(平成28年2月21日)

足取りは重く

前へと進まない

後ろ髪がひかれて

しかし何が後ろ髪をひくのか

いぶかしいのだが

 

ちょうど春もまた

3月が近いというのに

足取りは遅く

訪れる気配すらない

 

今は立ち止まるときだ

こんなに遠くへ来たのだから

前進を断念すべきときだ

これほど遠くへ来てしまったのだから

引き返すときだ

旅は終わろうとしているのだから

 

 

 

 

 

モネの目は白内障になっていた(平成28年2月14日)

きょうの日曜美術館

モネの展覧会がいま福岡で

開催されている

水蓮を描き続けたモネ

しかし晩年には白内障に

悩んだ

黒いサングラスをかけた写真が

残されている

日光をさえぎる治療法が当時には

主流だったのだろう

現代なら

白内障は手術で治る病気のひとつだ

もしモネの目が現代の手術をされていたなら

もっともっと

水蓮を描いてくれたことだろう

春一番(平成28年2月14日)

落下物 飛遊物

粉塵 枯葉 犬の糞

当たらぬように気をつけていても

あとは運まかせ

春一番

強風とともにしか春は来ないのだから

 

なまあたたかで

どこか冷たく

宙ぶらりんの

春一番

 

こんな日には出歩かなくてよいのだが

動物 植物

春のきざしに会いたくて

何にも会わず

花粉だけをたっぷり吸いこんで

家路についた

 

サプライズはいらない(平成28年2月13日)

あくびができるような

判で押したような

そんな毎日がいい

サプライズはいらない

 

びっくらこいだ

亡父が口にしていた気にいりの文句だった

びっくらこぐような日は来ないでほしい

 

時をへて今はびっくらぽん

ひびきだけで笑いをさそわれる

けれど

びっくらぽんもいらない

 

鉄道ダイヤのように

何もかもが定められた秩序のもとに

始まったオーケストラが楽譜を

きざみ終章へたどり着くように

 

サプライズのない一日をきょうも願う

 

心配性の一日(平成28年2月11日)

どんなにたいくつな家庭であっても

住まいとは隣りの家から遮断された

そんな空間のことだ

遮断の壁が取り払われたらー

隣りのオヤジがむすこをなぐった

その隣ではむすこがおふくろをなぐった

こんな話を聞くたびに

心が騒ぐ

騒いだ心は簡単には静まらない

 

家なるテレビのおかげで

難民のこどもが波打ち際に

打ち寄せられた

目を覆いたくなる映像

我が子と年も変わらぬ

その姿に目の前が暗くなる

地震によって振動するマンションの

まさに倒壊する映像

自分の住んでいるマンションが

もし倒れたら

きっと自分もこどもも

助からないだろう

 

せっかく遮断壁の内に住みながら

住まいなるテレビのおかげで

自分の無力が身に染みて

心配性の一日がすぎていく

 

 

 

すぐに役に立つこと(平成28年2月11日)

すぐに役に立つことは

すぐに役に立たなくなる

はるかな時間のかなた

はるかな空間のかなた

中学校の教室

国語の時間に聞いていたはずの箴言

居眠りしていたのか

ぼんやりしていたのか

聞いたおぼえはないのだ

あるいは

忘却しているだけか

 

今役に立たないばかりか

いつになっても役に立たないこと

そんなことならまかせてほしい

 

ある晩

書棚をうろついて

本がちっとも読めない

こういう晩には無意味なことをするに限る

それには辞書遊びが一番だ

 

これは日本製漢字ではなかろうか

調べると象形文字とある

英語では

umbrella

中学校で初めて習ったとき

奇妙なアルファベットの配列に

頭がくらくらした

イタリア語

ombrello

(ombraは日陰)

フランス語

ombrelle

元はと言うと

後期ラテン語

umbrella

そして

ラテン語

umbra(日陰)から派生

 

それにしても

イタリア語の

オンブラ

という響きはおもしろくて

日本語のおんぶを連想してしまう

オンブラとおんぶ

乳母日傘(おんばひがさ)で育ったあの女の子は

今頃どこでどうしているやら

 

はるかな時間と空間をまたいで

またまた中学校

英語の時間

語根を種明かししてくれる先生だった

しかしちっとも興味がわかなかった

語源と語根の大切さを

今なら理解できるのだが

 

各国語を横断しながら

語源や語根をちりばめる

そんな授業は中学生には苦痛だろうか

試験に関係がなかったら

くらいついてくれるかもしれない