10月も終わりが近づき、季節は秋だが、冬を感じるときがある。
とくに夜はそうだ。午後6時には真っ暗。昨夜、こんなことがあった。
午後8時を回るころ、こうこうと明かりのついた診察室の窓の外から
中をのぞきこんでいる二つの目に気づいた。診察補助の看護師が見つけた。
見つめ返そうとしたら、たちまち夜の闇に姿を消した。
白と黒の子猫だった。
10月も終わりが近づき、季節は秋だが、冬を感じるときがある。
とくに夜はそうだ。午後6時には真っ暗。昨夜、こんなことがあった。
午後8時を回るころ、こうこうと明かりのついた診察室の窓の外から
中をのぞきこんでいる二つの目に気づいた。診察補助の看護師が見つけた。
見つめ返そうとしたら、たちまち夜の闇に姿を消した。
白と黒の子猫だった。
作家で精神科医の帚木蓬生さんがこんなことを書いている。
表舞台に現れない医師の中に、名医がいるのが現実なのだ。
しかし、この良医は、患者にはすぐには見えない。
じっくりとつき合わねば彼らの
優れたところはわからない。
(『風花病棟』新潮文庫 371頁)
こないだの日曜日、初老の男が、年上の知人としゃべっていた。
暑い日だった。日陰にあるカフェの席でコーヒーをのみながら。
年上知人が言う。
「人生とは失敗の連続なんだよな。千に一つ、うまくいくときがある」
「失敗だらけに人生だったと、ときおり、落ち込むのですが、しょげることはないんですね。
初老の男はこんな話を初めて聞いて、
意外であり、それでいて、深く納得したのだった。
20歳の女性とその祖父との会話である。
孫が大きなイアリングをつけているのをじっと見て、
祖父「素敵なイアリングをしているね」
孫娘「これ、なんぼだと思う」
祖父「そりゃ、高っただろうね」
孫娘「200円なんよ。私がつけてたら、上等に見えるでしょ」
祖父「200円ならおじいちゃんでも買えるね」
孫娘「おじいちゃんならもっとたくさん買えるでしょ」
祖父「たしかに。10個くらい買えるよ」
孫娘「それなら耳が足りないよ」
祖父「誰か他の人の耳を借りないとな」
序盤も中盤も負けがこんで
敗色の漂う終盤であっても
終盤にのぞんで
がむしゃらに力を発揮する
粘って粘って逆転する
絶対に負けられない
気迫を込めて力を出し尽くす
終わりが近づけば近づくほど
熱を帯びて
最後の最後まであきらめず
勝負をひっくり返す
そういう人でありたいと思う
コロナは長引きそうだ
室内ではなく、オープンエアーのカフェや
レストランがあちこちにできたら、さぞ楽しかろうに
屋外ならマスクなしで、しゃべり笑いできるのに