山のいただきで
思えば遠くに来たもんだ
鼻唄をムーミンが歌っていると
うっかり遠くへ来すぎたもんだ
とこだまが聞えた
時は夕暮にはまだ遠いのだが
帰らなくては
還らなくては
ムーミンの心にささやくものがあった
夕暮までに帰り着くだろうか
ムーミンの胸は不安ではりさけそうになった
谷間の家の台所から
流れてくる夕餉のにおい
食卓のしたくをしているお母さん
家の壁のペンキ塗りしているお父さん
早く会いたくて
ムーミンは靴が脱げたのも忘れて
足を早めた
山のいただきで
思えば遠くに来たもんだ
鼻唄をムーミンが歌っていると
うっかり遠くへ来すぎたもんだ
とこだまが聞えた
時は夕暮にはまだ遠いのだが
帰らなくては
還らなくては
ムーミンの心にささやくものがあった
夕暮までに帰り着くだろうか
ムーミンの胸は不安ではりさけそうになった
谷間の家の台所から
流れてくる夕餉のにおい
食卓のしたくをしているお母さん
家の壁のペンキ塗りしているお父さん
早く会いたくて
ムーミンは靴が脱げたのも忘れて
足を早めた
足取りは重く
前へと進まない
後ろ髪がひかれて
しかし何が後ろ髪をひくのか
いぶかしいのだが
ちょうど春もまた
3月が近いというのに
足取りは遅く
訪れる気配すらない
今は立ち止まるときだ
こんなに遠くへ来たのだから
前進を断念すべきときだ
これほど遠くへ来てしまったのだから
引き返すときだ
旅は終わろうとしているのだから
きょうの日曜美術館
モネの展覧会がいま福岡で
開催されている
水蓮を描き続けたモネ
しかし晩年には白内障に
悩んだ
黒いサングラスをかけた写真が
残されている
日光をさえぎる治療法が当時には
主流だったのだろう
現代なら
白内障は手術で治る病気のひとつだ
もしモネの目が現代の手術をされていたなら
もっともっと
水蓮を描いてくれたことだろう
落下物 飛遊物
粉塵 枯葉 犬の糞
当たらぬように気をつけていても
あとは運まかせ
春一番
強風とともにしか春は来ないのだから
なまあたたかで
どこか冷たく
宙ぶらりんの
春一番
こんな日には出歩かなくてよいのだが
動物 植物
春のきざしに会いたくて
何にも会わず
花粉だけをたっぷり吸いこんで
家路についた
あくびができるような
判で押したような
そんな毎日がいい
サプライズはいらない
びっくらこいだ
亡父が口にしていた気にいりの文句だった
びっくらこぐような日は来ないでほしい
時をへて今はびっくらぽん
ひびきだけで笑いをさそわれる
けれど
びっくらぽんもいらない
鉄道ダイヤのように
何もかもが定められた秩序のもとに
始まったオーケストラが楽譜を
きざみ終章へたどり着くように
サプライズのない一日をきょうも願う
どんなにたいくつな家庭であっても
住まいとは隣りの家から遮断された
そんな空間のことだ
遮断の壁が取り払われたらー
隣りのオヤジがむすこをなぐった
その隣ではむすこがおふくろをなぐった
こんな話を聞くたびに
心が騒ぐ
騒いだ心は簡単には静まらない
家なるテレビのおかげで
難民のこどもが波打ち際に
打ち寄せられた
目を覆いたくなる映像
我が子と年も変わらぬ
その姿に目の前が暗くなる
地震によって振動するマンションの
まさに倒壊する映像
自分の住んでいるマンションが
もし倒れたら
きっと自分もこどもも
助からないだろう
せっかく遮断壁の内に住みながら
住まいなるテレビのおかげで
自分の無力が身に染みて
心配性の一日がすぎていく
すぐに役に立つことは
すぐに役に立たなくなる
はるかな時間のかなた
はるかな空間のかなた
中学校の教室
国語の時間に聞いていたはずの箴言
居眠りしていたのか
ぼんやりしていたのか
聞いたおぼえはないのだ
あるいは
忘却しているだけか
今役に立たないばかりか
いつになっても役に立たないこと
そんなことならまかせてほしい
ある晩
書棚をうろついて
本がちっとも読めない
こういう晩には無意味なことをするに限る
それには辞書遊びが一番だ
傘
これは日本製漢字ではなかろうか
調べると象形文字とある
英語では
umbrella
中学校で初めて習ったとき
奇妙なアルファベットの配列に
頭がくらくらした
イタリア語
ombrello
(ombraは日陰)
フランス語
ombrelle
元はと言うと
後期ラテン語
umbrella
そして
ラテン語
umbra(日陰)から派生
それにしても
イタリア語の
オンブラ
という響きはおもしろくて
日本語のおんぶを連想してしまう
オンブラとおんぶ
乳母日傘(おんばひがさ)で育ったあの女の子は
今頃どこでどうしているやら
はるかな時間と空間をまたいで
またまた中学校
英語の時間
語根を種明かししてくれる先生だった
しかしちっとも興味がわかなかった
語源と語根の大切さを
今なら理解できるのだが
各国語を横断しながら
語源や語根をちりばめる
そんな授業は中学生には苦痛だろうか
試験に関係がなかったら
くらいついてくれるかもしれない
自分を楽しませる方法を知っていた
老婦人の物語
『ベスト・フレンド』(昭和49年)より
週に1回の読書グループを世話していた
本を読んでくる人とケーキを焼いてくる人がいた
創作をしていた
友人、親戚と交際していた
ときどき旅行に出かけていた
今日は木曜日
明日金曜日を休暇にすると4連休
仮想4連休を考えていると
心が和んだ
連休1日目
手紙を書いた
連休2日目
読書した
連休3日目
詩を書いた
連休4日目
一人で小高い所へ登った
とある郊外の精神科病院の
昼下がりの診察室では
医師面接が行なわれていた
「あなたのほしいものは何ですか?」
と尋ねられて
「嫁さんがほしいです」
と答えが返ってきた
自由な時間ですだとか
まとまった額の小遣いですだとかの
答えを予想していたのだ
気分の波がある病気の人だったのだが
芯のところでは至ってまっとうな人の心が
生きていた
入院してから20数年がたち齢50歳余り
この先も長い入院生活が待ち受けている
手に入るはずのないものと
知りつつ望みを語ったのだろう
病院のへいの外には
田園が広がり
点在する家々では
お嫁さんのいる男たちの生活が
なんの疑問をもつこともなく
営まれていた