「わかってもらえないのです」
両目に涙を浮かべて、こう言った人がいた。
はるか昔のとある診察室での風景である。わかってほしいのにわかってもらえないもどかしさ、淋しさ、哀しさ。
孤独感がひしひしと迫る。
そのとき、診察室の扉が突然あいて、白髪の老人が入ってきた。
わかってもらえないのは、それは、人はひとりひとりがユニークな存在だということ。
誰とも分かち合えない世界をひとりひとり胸の内に秘めている。
その分かち合えない世界をそれでも分かち合いたいという熱い願いがある。
手を差し伸べれば届きそうな近くにいるのに、届かない。
それでも、人は他人を理解できることがある。
分かち合えない世界を分かち合えることがある。いつもはそういうことは起こらない。
時折、偶然にそんな瞬間がある。
こんな意味のことを老人はつぶやき、たちまち消え失せた。
涙をうかべていたくだんの人は
「わかってもらえないことに耐えられるようになることがおとなになることなのですね」
と言って、診察室を後にした。
くだんの老人はその後、姿を見せなくなった。
その一方で、入れ代わり立ち代り、こうつぶやく人が診察室を訪れる。
「私は理解されないのです」と。